- 1979年8月16日
- 千葉県千葉市花見川区朝日ヶ丘に生まれる。その後、ずっと朝日ヶ丘で育つ。同じ誕生日の人はチャールズ・ブコウスキー、菅原文太、ジェームズ・キャメロン、マドンナ、西田ひかる。
- 1986年
- 千葉市立花園小学校入学。小学校在学中に昭和天皇崩御、消費税導入、バブル崩壊などの重要事件が起きる。
- 1992年
- 千葉市立花園中学校入学。体罰が横行している学校で、陰惨な中学生活を送る。
- 1995年4月
- 千葉県立千葉高等学校入学。柔道部に所属。青春を謳歌する。高橋文樹史上、もっとも美しい時代の一つ。
- 1998年4月
- 東京大学文科Ⅲ類入学。
- 2000年4月
- 大江健三郎のようになることを目指し、東京大学文学部言語文化学科仏語仏文学専修過程(いわゆる東大仏文)に進学。
- 2001年8月
- 処女長編『途中下車』にて幻冬舎NET学生文学賞大賞を受賞。村上龍、唯川恵ら選考委員の絶賛を受ける。
- 2003年3月
- 東京大学文学部卒業。卒論は「クノー『はまむぎ』読解―その多層構造とジレンマ―」。
- 2003年5月
- ビルの常駐警備としてアルバイトをしながら、小説を書く。とても長い冬の時代の始まり。
- 2004年2月
- 会社を突然辞めた友人とともに、北千住でルームシェアを始める。漫画家、小説家志望などと一緒に毎日創作談義などを交わしながら生活。高橋文樹史上、もっとも輝いていた時代の一つ。当時の様子は『東京守護天使』『北千住ソシアルクラブ』『フェイタル・コネクション』にまとまっている。
- 2006年12月
- 柔道をするために通っていた道場で右膝十字靭帯を断裂し、手術を受ける。深刻な金欠となり、そろそろ就職した方がいいかもと焦り、簿記二級とTOEICを受ける。簿記は合格、TOEICは800点ぐらい。
- 2007年3月
- あまりにも発表の機会がないため、Web上で作品発表をするという友人の誘いに乗り、オンライン文芸誌「破滅派」を始動。同時期、もともと付き合いのあった新潮社の編集者に「もう新人賞に出すしかない」と言われる。
- 2007年7月
- 破滅派の延長で「どうせWebサイト作るなら仕事した方がいいだろう」との思いからWeb制作会社に入社。月300時間を超えるブラック労働が始まる。
- 2007年9月
- 『アウレリャーノがやってくる』にて第39回新潮新人賞を受賞。
- 2008年6月
- 高橋文樹.comを始動
- 2009年8月
- 犬を飼い始める。名前はニッチ。
- 2009年11月
- ひょんなことから山梨に土地を300坪購入する。DIYにて建設を開始。
- 2010年1月
- 千葉市芸術文化新人賞を受賞。ほとんど年の変わらない千葉市長に会う。
- 2010年5月
- 株式会社破滅派を設立し、代表取締役に就任。
- 2010年12月
- 本サイトにて電子書籍の販売を開始(いまはKindleストアにて販売中)
- 2011年9月
- はじめての破滅フェス開幕。
- 2012年2月
- 山梨の家、2年以上の歳月を費やし、ついに完成。
- 2012年2月
- 二匹目の犬を飼い始める。名前はパッキン。
- 2012年4月
- 10年近く住んだ東京を離れ、千葉に都落ち。
- 2013年1月
- スノーボードで墜落し、骨盤を4箇所骨折、死にかける。死生観が変わる。
- 2013年5月
- 死生観が変わったので結婚する。
- 2013年9月
- 第二回破滅フェスを開催する。台風に見舞われる。
- 2013年12月
- 子供が生まれる。しかも双子で、いきなり二児の父になる。
- 2014年1月
- マルハニチロの農薬入り冷凍食品事件に巻き込まれる。
- 2014年9月
- 破滅サロンをオープンする。しかし、誰も来ない。
- 2015年7月
- 破滅派でkindle本の販売を開始。
- 2016年4月
- ゲンロンが主催するゲンロンSF創作講座に参加。アウェイの洗礼を受ける。
- 2016年8月
- 次男が産まれ、三児の父になる。
- 2016年9月
- WordCamp Tokyo 2016の実行委員長を務める。
- 2017年2月
- 愛犬ニッチ逝去。享年7歳。
- 2017年3月
- 小説の作風を広げるために大森望主催のゲンロンSF創作講座に通い、同時開催された「ゲンロンSF新人賞」にて飛浩隆特別賞を受賞する。
以上。