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日本人が中国に『服従』する日は来るか

高橋文樹 高橋文樹

この投稿は 8年 前に公開されました。いまではもう無効になった内容を含んでいるかもしれないことをご了承ください。

ミシェル・ウエルベックの新作『服従』を読み終えたので、感想をば。一ヶ月以上経過してしまいましたが。

服従

価格¥1,678

順位211,507位

ミシェル ウエルベック

その他佐藤優

翻訳大塚桃

発行河出書房新社

発売日2015 年 9 月 11 日

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さて、本作は大学で文学を教える主人公フランソワ(だっけ?)を中心に話が進められるのですが、なによりもまず、スキャンダラスな作品発表時期を念頭に置いておいたほうがいいかもしれません。

『服従』の大まかなストーリーは2020年代のフランスにイスラム教連立政権が誕生するというものなのですが、なんとフランス本国発表当日はあのシャルリー・エブド事件が発生した日だったんですね。たしか、あの事件の直後、ウエルベックは警察の保護下に入ったという報道を目にしたような気がします。以前このブログで「運命は才能だ」と書きましたが、やはりウエルベックは文学の女神から目をつけられてるとしか言いようがありません。

本作のストーリーでは、選挙の日にテロが起きたりする以外は、割と物静かにストーリーが進んでいきます。イスラエル出身の大学生の彼女が本国に帰ってしまったりとか、パリが物騒になったので田舎町に避難したりとか、そういった起伏はありますが、悪く言ってしまえば事件性に乏しいです。

もっとも、溜池山王にオフィスを構えており、安保反対デモのシュプレヒコールを遠くか細く聞きながら仕事をしていた僕のような人間には、パリ大学の構内で遠くに銃声を聞く場面はわりとリアリティがあったりしたのですが。

なにはともあれ、本作のダイナミズムは「イスラム連立政権誕生」という政治サスペンスよりも、キリスト教という文化圏がイスラームに対して服従するのか否か、という精神的・歴史的な決断にあります。

主人公フランソワが研究しているのはユイスマンスで、ユイスマンスというのは『さかしま』なんかが有名なので、僕もてっきり「純粋芸術志向の退廃的ディレッタント」と思っていたのですが、晩年はカソリックに改修してキリスト教ルポルタージュ文学を書いていたりしたんですね。フランソワも自分の研究対象であるユイスマンスさながら、物語の後半で救いを求めて修道院に行ったりします。

さかしま (河出文庫 ユ 2-1)

価格¥1,210

順位160,089位

ユイスマンス,J.K., ユイスマンス,J.K.

翻訳渋澤 龍彦

発行河出書房新社

発売日2010 年 8 月 3 日

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フランソワの危機というのは、フランスがイスラームに服従するという国家的な危機とはあまり関係がなく、ごく個人的なこと(恋愛とか、人生における孤独とか)に端を発しているのですが、そこでキリスト教が役に立たないというのは、一個人にとっては一つの事実であり、国家にとっては一つの敗北であるわけです。

いままで無宗教で生きてきた人間が突然宗教に救いを求めるというのは普遍的な行いで、日本でも僕より十歳ぐらい上の人がお遍路とか修験道にはまったりするのが典型的でしょう。宗教というのは「超越的な文学」とも言えるわけで、そうした大きな物語に回収されていくことが、必ずしも自分で人生を切り開くことができなくなった人間にとっての救いであるというのはよくわかります。これは宗教を腐していうのではなく、人生という度し難い体験においては、そういうステージがあるのだろう、ということですね。

で、ここからはネタバレなのですが……

フランソワは最後、イスラームに改修することを選びます。イスラム教政権が誕生したことによって、大学で教鞭をとるにはムスリムでなくてはいけなくなるからなのですが、フランソワは一度その申し出を断ります。潤沢なオイルマネーによって大学に資金が流れ込んだ——なぜなら、ムスリムはヨーロッパと異なり、学問を信じている——ので、働かなくても済むほどの年金が出るからです。しかし、フランソワはムスリムに改修した元同僚達が、若く美しい妻を何人もめとり、幸せそうにしているのを見て、自身もムスリムに帰依することを選びます。そこにはキリスト教が彼にくれなかった救いがあったからです。

というわけで、本作はある程度読む人を選ぶというか、この「ヨーロッパがイスラームに服従する」というテーマをきちんと受け止められるかという点にかかっています。僕の影響ですっかりウエルベックのファンになっていた嫁さんも「よくわかんなかった」と言ってましたね。

僕は大学でフランス文学を専攻していたので、それなりに知識はあると思うのですが、当のフランス人が読むのとは全然違うのでしょう。この作品、フランス本国でどういう受け止められ方をしているのかはよくわかりませんが、怒る人多そうですね。

フランスが合法的な手続きによってイスラームに乗っ取られていく図式は、やはりヨーロッパ人にとっては古い恐怖を呼び起こされるんでしょうか。それこそ、十字軍の頃の民族的な記憶とか。ローランの歌で屍体が辱められた怒りが沸き起こってくるとか。

日本で例えるなら、そうですね、たとえば中国なんかがそうなんじゃないでしょうか。

いまはヘイトスピーチがまかり通る時代なので、Facebookなんかでも仕事付き合いしかないフレンドが中国人の残虐さについての2ちゃんまとめブログに「いいね」してたりするのは日常茶飯事ですが、そういった雰囲気はやはり中国の経済的な伸張および日本の相対的な影響力の低下とは切っても切り離せなないでしょう。

とはいえ、中国が発展途上国であり、日本がアジアの盟主だったのはここ100年ぐらいの話で、長い歴史を見れば、その大半において日本は中国の朝貢国であり、文化的にもその恩恵を与ってるわけです。そういう意味で脱亜論的な「日本はアジアのリーダー! 中国は劣等国!」という意識は、長らく畏怖していた対象である中国に対する拒否反応と僕なんかは思うわけです。本質的に中国は日本の父であり、恐るべき大国なわけですから。

そういう意味で、日本が中国に服従する——かつてそうだったような——日が来た、みたいな近未来SFがあったとしたら、それを読んだ時の胸のざわつきは、イスラームに服従されるヨーロッパ人のそれに近いんじゃないでしょうか。

似たような設定の作品として村上龍『半島を出よ』とかがありますが、あれは「危機感が足りないぞオマエラ!」というメッセージだと思うので、またちょっと違うと思うんですよね。

半島を出よ 上 (幻冬舎文庫 む 1-25)

価格¥796

順位90,024位

村上 龍

発行幻冬舎

発売日2007 年 8 月 1 日

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そうですね、たとえば沖縄に中国人の移住者が増えて、それを沖縄県民が米軍との舵取りですごい利用して、なぜか沖縄が独立して、鹿児島が自治区になって、みたいなのを読んだとしたら、僕たちは古い時代の民族的恐怖が呼び覚まされるんですかね。終わり。

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