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2008 年 8 月 10 日 3,149日前)
1,861文字 (読了時間4分)

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今のところ、僕の家には毎月文芸誌『新潮』が送られてくる。文芸誌というのは、なかなかボリュームがあり、目を通さないまま放っておいてしまうこともしばしばだけれど、今月送られてきた『新潮2008年9月号』には同世代の作家として気になる青木淳吾の「このあいだ東京でね」という中篇が発表されていたので、読んでみようと思って三軒茶屋のドトールに携えて行った。

ところが、実際に読んだのは水村美苗の「日本語が亡びるとき――英語の世紀の中で」という長編評論で、これが色々と考えさせられて面白かった。掲載されていたのは本編7章のうち冒頭3章で、秋には筑摩書房から発売するらしい。買おうと思う。

簡単な説明

日本語が亡びるとき」という挑発的なタイトルは、著者の水村氏のバックグラウンドによる。

ご存知の方もいるかもしれないが、私は十二歳で父親の仕事で家族とともにニューヨークに渡り、それ以来ずっとアメリカにも英語にもなじめず、親が娘のためにともってきた日本語の古い小説ばかり読み日本に恋いこがれたまま、なんと二十年もアメリカに居続けてしまったという経歴の持ち主である。水村美苗、「日本語が亡びるとき――英語の世紀の中で」、『新潮』2008年9月号所収、新潮社、P.128

日本語が亡びるとき」は水村氏がIWP(International Writing Program)という国際作家の交流プログラムに参加するところから始まって、大江健三郎の『雨の木(レインツリー)を聞く女たち』のように思えるのだけれど、主旨としてはサブタイトルにもあるように、英語の一極集中主義の時代における日本文学のあり方についての評論である。

考えたこと

僕は大学時代に言語学の授業を取っていて、そのときに言語帝国主義について学んだ。藤原書店から出ていた『言語帝国主義とは何か』という本を買い、まとまらないなりに、日本語で文学をやることの意味について考えた憶えがある。「日本語が亡びるとき」はその頃からストップしていた思考をもう一度考えさせてくれる評論だった。

日本語が亡びるとき」のテーマはIWPに関して言及している以下の一節に象徴されている。

私はくり返し思った。
人はなんとさまざまな条件の元で書いているのであろうか。
だが、さらにくり返し思った。
人はなんとさまざまな言葉で書いているのか。
そして、その思いは、作家たちと一緒にいるあいだに、どんどんと深まるばかりであった。人が地球のあらゆるところで書いていたり、金持ちの国でも貧乏な国でも書いていたり、言論の自由を抑圧されながら書いていたりする事実には、しだいに慣れていった。だが、人がかくもさまざまな言葉で書いているという事実は、最後まで驚きであった。前掲書、P.145

そもそも僕は言葉で書くということについて、深く考えたいと思っていて、実際に深く考えていたつもりだった。で、四年ほど前、実際に書くことに関する小説を書いた。それはまだ陽の目を見ていないが、いつか出版できたらと考えているぐらい大事な小説だ。

ところが、最近はWebの勉強ばかりしていて、書くことという自分にとってのっぴきならないことについて考えることを忘れていた。「日本語が亡びるとき」は僕に考えることを促し、以下のような問いを思い出させてくれた。

  • 多重言語者前掲書より借用)の知識人という像はいまなお有効なのだろうか? そしてまた、小説家がそのタイプの知識人を兼ねることは、現代において有効なのだろうか?
  • 言語の多様性を守ることはほんとうに人間にとって幸せなことなのだろうか?
  • 亡びゆく日本語前掲書より借用)を母語とする人間はどのような文学的営みを続けるべきなのだろうか? 美学を貫く保守主義者としてか、それとも悲壮な融和主義者としてか?
  • たとえばカフカのように言語的分裂を経験していない自分(カフカはユダヤ人だが、イディッシュ語ではなくドイツ語で書いた)がそうした問いを問うことに意味はあるのだろうか?
  • 数学のように普遍語前掲書より借用)たらんとするWebのプログラミング言語(PHPとかJavascriptとか)を勉強するのは、自分にとって危険なことじゃないか?

とまあ、大体以上のようなことを考えたわけだが、ひさびさに実りある読書となった。とりわけ、この本を読んだ日にバイリンガルの外国人と話をしたことも、思考を促すきっかけとなったのかもしれない。うーん、今後の身の降りについても、色々と考えなくちゃいけないな。

 

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この記事はが2008 年 8 月 10 日に創作, 文芸活動, 読書日記の記事として公開しました。

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