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2011 年 12 月 20 日 1,957日前)
3,978文字 (読了時間9分)

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先日、達人出版会という電子書籍出版社から『ケヴィン・ケリー著作集1』が出ていたのでダウンロードしてみました。これはその雑感です。

『ケヴィン・ケリー著作集1』の見所

ケヴィン・ケリーという人はWIREDというアメリカの週刊アスキーみたいな雑誌の元編集長です。PLAYBOYやEsquireと同じように日本オリジナルの記事と原書翻訳の混じった日本語版も出していましたが、休刊してから最近復活しました。ちなみに、サイゾーを作った人はWIRED日本語版の編集長だった人です。

で、このケリーさんはわりと含蓄のある人で、技術系の話題を中心としながらも広い視点に基づいた記事を書いています。この著作集はその記事を堺屋七左衛門という方がプロジェクト杉田玄白への参加活動の一環として翻訳したものです(偉いですね)。ぼくにとってとりわけ興味深かったのは以下の記事です。

  • 千人の忠実なファン
  • 忠実なファンの支援による生計の実態
  • 千人の忠実なファンの反例

「千人の忠実なファン」はわりと話題になったので、知っている人も多いと思います。

それほど多くなくていいはずの忠実なパトロン達

技術的なことに明るくないはずの人たちも一度は「ロングテール」という言葉を聞いたことがあると思いますが、「千人の忠実なファン」モデルはこの「ロングテール」モデルが見通している問題に対する一つの回答です。

よく知られているように、ロングテールは2種類の人々にとって良いニュースである。一つは、少数の幸運な集積業者、たとえばアマゾンやネットフリックス。もう一つは60億人の消費者。これら2種類のうち、消費者のほうが無限のニッチに隠れている財産からより多くの恩恵を受けていると思う。

前掲書 「第2章 千人の忠実なファン」

ぼくはリアルタイムで読んでいませんが、ロングテールという当時もてはやされたバズワードに対し、新しい視点を提供したケリー氏の意見はおそらくインターネット本来の自立的な個の意識を尊重しているという意味で、わりと話題になったと思います。

ちなみに、哲学者スラヴォイ・ジジェクはインターネットに不可欠のネットワーク規格であるイーサネットについて、おもしろい語源解説をしています。いわく、Ethenetの語源はEter(エーテル=光を媒介する元素=魂が最後に辿り着く汚れなき場所)だそうです。つまり、イーサネットを経由してインターネットに入った人は魂のみとなる、開発者達はそう願って名付けた、という詩的な指摘ですね。

こうしたケリー氏の指摘を図示したものが同書に載っています。

前掲書 「第2章 千人の忠実なファン」より
前掲書 「第2章 千人の忠実なファン」より

プレイヤーごとにまとめるとこんな感じですね。

プレイヤー 100万人のファン 1000人のファン 1人のファン
ディストリビューター(ex. Amazon) 儲かる 儲かる 儲かる
アグリゲーター(ex. 出版社) 儲かる 儲からない 儲からない
クリエイター(ex. 作家) 食える 食える 食えない

このように、インターネットの時代において、忠実なファンのレベルをある程度獲得すれば、これまで食えなかった制作者が食えるようになるという大変心強い意見でした。

1000人(以上)の忠実なファンがいる作者の実例

この『ケヴィン・ケリー著作集1』をいま改めて読んでみると、きちんとフォローアップがされていることが興味深いです。なんでもそうですが、話題になったものの続編はあまり話題にならないのが世の常。その中、ケリー氏は果敢にも、あるミュージシャンの具体的なケースを紹介しています。ケリー氏の主張する「1000人の熱心なファン」モデルに則って活動しているそのミュージシャンは、自説を裏付ける制作者へのインタビューに興奮するケリー氏をなだめながら、このように主張します。

自分でささやかな避難壕を掘るための新しいツールがあっても、飢えたアーティストはたぶん飢えたままだろう。でも過去にそうであったように、一部のアーティストはそのツールを使って砂の城を、すなわち偉大な芸術作品を作ることだろう。

前掲書「第8章 忠実なファンの支援による生計の実態」

このアーティスト、ロバート・リッチ氏の意見には含蓄があります。あたらしいツールが登場したからといって、まったくアーティストではなかった人が完全なアーティストになれるわけではありません。Webは誰でも作品を発表できる場を提供してくれましたが、プロモーションは大変ですし、Twitterで大量のフォロワーを集めているのが有名人であることを鑑みても、包丁が変わったからといって料理がうまくなるわけではないということでしょう。

価格の側面から

同書にはこれまた興味深い記事があります。「第9章 千人の忠実なファンの反例」です。この章では、実際にそうした活動を行っているアーティストを集め少ないながら統計を示しています。

「第9章 千人の忠実なファンの反例」より
「第9章 千人の忠実なファンの反例」より

この表からケリー氏が導き出した結論は以下のようなものでした。

「忠実なファン」への直接販売で全ての生活費を稼いでいる人はごくわずかである。そのわずかな人は、CDのような低価格の商品ではなく、絵画のような高価な商品を販売している。

前掲書「第9章 千人の忠実なファンの反例」

これは確かに頷けるところがあります。「生計を立てる」となると、年齢にもよりますが、最低でも年間300万〜600万円ぐらいのレンジは超えていないとどうしようもありません。1000人程度のファンで考えた場合、一人あたりの利用金額は3000〜6000円/年となります。これぐらいなら使えるかなーという額ですね。

ただし、消費者としての自分の人生で振り返ってみると、これだけの額を払ったのは電気GROOVEだけですし、それも13歳〜22歳の9年間だけでした。となると、当然単価の高いものを出している制作者の方が「千人の忠実なファン」モデルに向いていることになります。また、ある程度コンスタントに作品を発表することも求められます。

これは作家・漫画家・ミュージシャンなどにとってあまりよくない結果でしょう。ミュージシャンは「ライブ」という高価な商品(マドンナはこれで成功したと言われてますね)がありますが、作家・漫画家といった印刷メディアの住人には難しいところがあります。ここら辺はヴァルター・ベンヤミン『複製技術時代の芸術作品』なども併せて読んでおきたいところです。

ボードレール 他五篇 (岩波文庫―ベンヤミンの仕事)

ボードレール 他五篇 (岩波文庫―ベンヤミンの仕事) [書籍]

著者ヴァルター ベンヤミン

クリエーター野村 修

出版社岩波書店

出版日1994 年 3 月 16 日

商品カテゴリー文庫

ページ数357

ISBN4003246322

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どれぐらいのファンがいればいいのか

ケリー氏は「忠実なファン」をこのように定義します。

「忠実なファン」とは、あなたが創作したものを何でもかんでも購入する人のことである。

前掲書「第2章 千人の忠実なファン」

なんでもかんでも購入してくれるファンを作るのは結構難しいです。ぼくが電気GROOVEに対してお金を払ったことは書きましたが、それはあくまで9年間の間です。最近も電気GROOVEが出した(いい意味で)クソみたいなiPhoneアプリを買いましたが、「そもそも最近は買うべきものが余りない」というのも「お金を落とさない(せない)」一つの理由ではあります。制作者側の立場からしても、常に作り続けられるわけではありません。

こうしたことを鑑みると、「常に最低で千人は忠実なファンがいる」というのは、意外と高いハードルです。文芸の世界でいうと、本を出して必ず1万部売れる作家がいたら、それはかなりいい作家のはずです。有名な作家でも初版3万部とかですからね。そういう意味で1000人というのはけして少なくない数です。「それができるなら既存のメディアでも成功しているだろ」と思う人もいることでしょう。

ただし、アーティストのような職業はもともとそんなに楽なものではないし、儲かるものでもないというのは昔から変わりません。「インターネット時代になって食えるようになる作家」のパターンとしては、初版では3000部しか売れない作家、そこそこ売れるけど諸々の諸事情により書籍を出し続けられない作家、売れるけど出版社としてリスキーな作風の作家、コンテンツはそれほど魅力的ではないが人として魅力的な作家といったあたりでしょうか。ファンの人数は単価によって変える必要があります。単価が安い制作者(ぼくのように電子書籍を100円で売ったりする場合)は、10,000人ぐらいファンがいないとやっていけないでしょうね。

既存のメディアにはないレスポンシビリティ(受け手によってコンテンツを最適化するなど)がインターネットの魅力ではありますので、それをどう打ち出していくかが目下の課題です。

個人的に難しいと思うのは、「獲得したファンとの関係をいかに保つか」です。ぼくは生まれながらにしてファンサービスをしない人種なので、ここをどうにかしたいですね。正月に実家に帰ったら、母親になぜ自分がこんな風に育ってしまったのかを質問しようと思います。

終りに

なんか長くなりそうなので、ひとまずは筆を置きます。このように、『ケヴィン・ケリー著作集1』は大変示唆に富んだ書物なので、みなさんも是非読んでみてください。個人的には、達人出版会さんのように専門性を打ち出したコンテンツアグリゲーターにはがんばってもらいたいです。

 

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この記事はが2011 年 12 月 20 日に読書日記の記事として公開しました。

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