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中国のゴッホが教えてくれる芸術のもう一つの側面

高橋文樹 高橋文樹

この投稿は 6年半 前に公開されました。いまではもう無効になった内容を含んでいるかもしれないことをご了承ください。

BS世界のドキュメンタリー「中国のゴッホ 本物への旅」がすごく面白かったので、その感想です。ざっくりあらすじを説明すると……

  1. 中国は広東省のど田舎に住むシャオヨンという男は、20年にわたって1万枚以上のゴッホの複製画を描いてきた。
  2. そんな彼がついにオランダへ行く。
  3. まず、自分の描いた絵が土産物屋で安く売られていることを知り、ショックを受ける。彼は画商が画廊で「芸術作品」として売っていると思っていた。
  4. その後、ゴッホ美術館に行き、本物の貫禄を知る。
  5. これまでは複製画しか描いたことがなかったが、ついに自分のオリジナル作品を描き始める。

といった話です。まず、中国の広東省で世界の複製画の半数が作られているということに驚きなのですが、油絵一枚7,000円とかで売ってるんですよね。で、シャオヨンはそれがオランダの土産物屋で70,000円ぐらいで売られていることにショックを受けます。ショックを受けた後のタバコの吸い方が酷くて、「あ、ひさしぶりにショックを受けてる人の顔見た」という感じです。

ショックを受けすぎて、シャオヨンはこのあと泣きそうになるし、飲みすぎてゲロを吐く。

で、日本の中国に対する悪感情(ex. パクってばかりいる国)や、現在の日本人の大半——たとえば僕のような人間——が持っている「芸術」へのステレオタイプを考えると、次のような点が非常に興味深かったです。

  • シャオヨンにとって、複製画はビジネスではなく、紛れもない芸術である。複製画に誇りを持っており、彼にとってのゴッホは「ビジネスのネタ」ではなく、明らかに尊敬の対象である。
  • シャオヨンはゴッホ以外の絵を描いたことがないし、それ以外の絵を学ぶことの必然性を感じてさえいないようである。
  • シャオヨンにとって芸術とは、「完璧なゴッホの絵を描くこと」である。

最後はそれらの経験を踏まえて自分の絵を描き始めるわけですが、その「気づき」の過程が僕には非常に東アジア文化的に見えました。

そもそも「芸術」という抽象的な概念が存在し、そのルールを拡張すべくアウフヘーベンしていくのは、ヨーロッパ的な考え方です。東アジア的な考え方では、まず絶対的な「師」がいて、そこに到達することをもって「道」が完成します。

これは僕がやっていた柔道なんかでもそうで、どう考えたって現在の最高峰の選手が嘉納治五郎とガチ対決したら現在の選手が勝つに決まっているのですが、嘉納治五郎は「柔よく剛を制す」という抽象的な概念、「辿り着くべき道の終着点」として存在し続けています。ちょうど、シャオヨンにとってのゴッホがそうであるように。

たとえば、最終的にヨーロッパに毒された(これは僕の個人的な意見です)シャオヨンが辿り着くのは祖母や自分の工房の絵であり、それはなんというか、グロテスクな感じなんですよね。北野武が描いた絵みたいな。

描き始めた工房の絵は、ぶっちゃけ別によくない

このグロテスクさはポップアートが行きすぎると復讐みたいに見えるでも述べているティエリーみたいな感じです。

こうした考えはどっちが良い悪いではなく、地域性みたいなものでしかないのかな、と。そして、中国が世界のもう一つの極として育った後、はたして「オリジナリティ」という概念がいまほど普遍的でいられるかどうか、怪しいんじゃないですかね。ここら辺は剽窃という弁明を読んだあとと似た感想を覚えます。

だって、複製画自体はリトグラフとして普通に売られてるわけですし、ゴッホはパブリックドメインですし、芸術artの語源は “ars” つまり技術なわけですからね。

というわけで、大変示唆に富んだ番組なので、興味がある方は再放送を待ちましょう。終わり。

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