先日、ちょっとした野暮用でゲンロンを訪れた際に、『ゲンロン0 観光客の哲学』を頂き、大変おもしろく読んだので、その感想を書きます。
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まず、総論として、本書は東浩紀氏の代表作の一つになるでしょう。これは本書の帯に書かれている「『郵便的』から19年 集大成にして新展開」というアオリ文の通り、東さんのこれまでの仕事の総括であるとともに、その二次創作だからです。
日本の批評史(という言い方でなにかを理解できる人がいまの時代に多いとは思いませんが)において、東浩紀という人は、その宗家としての「文芸批評家」の末裔である、というのが僕の認識です。柄谷行人の影響が直接的には強いと思いますが、少し上の世代の福田和也、大塚英志といったあたりから、浅田彰、柄谷行人、そしてさらに遡って小林秀雄、福田恆存といった、「哲学研究をメインとしながら文学も語れる」という知識人ですね。東氏自身はtwitterのプロフィールに「思想家」と書いており、それはおそらく「哲学者のいない日本」においてビッグマウスとしてそう自称しているのだと思うのですが、やはり日本の「思想・哲学」は先ほど書いたように「哲学研究をメインとしながら文学も語れる」という人々によって担われてきたと僕は思います。それ以外となると、もう仏教者とかになっちゃうんですよね。
最近のこうした「批評シーン」はいわゆるサブカル系と相性がよく、東氏自身もそうした「サブカル評論家」と目されがちなことを嘆いていますが、僕個人としては、最近注目を浴びている批評家たちが流行の現象を取り上げ、「これが! これこそが! 俺たちのイマなんだー!」と言っているのはわりと退屈(ex. 前田敦子はいくらなんでもキリスト超えてないだろ)だったので、本書のような骨太の論考を読むことができたのは大変良かったです。
また、リーダビリティも大変高く、吉本隆明を読んだ後の「何言ってんだ?」みたいな感じもなかったです。
さて、そんなわけで、本書の中身を紹介しつつ、僕が面白いと思った場所を挙げていきます。
『ゲンロン0 観光客の哲学』の構成
本書は2部構成になっています。ざっくりいうと、第一部は「観光客の哲学」についての説明。いわば、「いま我々が直面している困難はなにか」ということへの現状説明です。そして、第二部は、それを哲学的に克服するためにどうしたらいいのかということについて、「家族の哲学」を通底音としながら、ばらばらの3つの事柄を語ります。
1. 観光客の哲学
先日、僕が酔っ払った勢いで書いたトランプにはエグザイル力があり、インテリにはないというブログ記事でも取り上げたのですが、世界はいま、なんらかの潮目にあることをみなさん感じ取っていると思います。その潮目とは、まさに「解決方法のなさ」といってよいでしょう。これまで政治的な概念として左翼(リベラル)と右翼(ナショナリスト)が対立することでお互いを高めあって(アウフヘーベン)いたはずが、なんか袋小路にはまってるよね、という現状です。
たとえば、「トランプ劣勢って新聞社はずっといってたのに、なんで勝ったの?」とか、「『黒子のバスケ』の作者を執拗にストーキングした無敵の人ってなんなの?」とか、「ISISのYoutubeビデオって、なんであんなにオシャレなの?」といった疑問に対して、我々は特に答えを持たないんですよね。
本書の第一部では、そうしたわけのわからないものを理解するために「観光客」という概念を提出しています。観光客は村人(定住するナショナリスト)でも旅人(普遍的な価値を追い求めるグローバリスト)でもない、「本拠地はあるけれども時々外部にいって他者になり、偶然をもたらす人」です。何かが村人であるのか、旅人であるのかを議論してきたのがこれまでの哲学であり、その旧態依然に「そうじゃないものがあるよね?」と言い続けたのがポストモダンだったのですが、いつまでたってもポストモダンは「その2つではないもの」がなにかを示さない(=否定神学)ので、「それみんながバカにしてる観光客では?」と結論づけてみせたのが第一部です。
あと、ネグリの「マルチチュード(連帯)」という概念を発展させた「郵便的マルチチュード」をあたかも自己啓発本のように見せかけているのも、本書の主張の一つである「誤配」をメタ的に実践してみせているという点で興味深いですね。
2. 家族の哲学
「家族の哲学」は前章までの議論をふまえ、わりと唐突に「子供の選べなさ」などについて語り出され、前章までのメタファーのレベルとは整合性がそれほど取れていない感じなのですが、試論としてはすごく面白い論考が3つある感じです。しかも、第一部の論理的な展開とは異なり、やや「文学的な」論旨が展開されます。この3つはそれぞれ文学論になっています。
「家族」(ルソー論)
生まれることの偶然性についての考察から始まり、前章までの「誤配」についての補強が行われます。この「誤配」という概念は正統的な哲学からは無視されてきた分野なので、面白く読める人が多いと思います。逆に東氏の古くからの読者や、僕みたいに聖書外典やグノーシズムに慣れ親しんだ人にとっては「お、元気だった?」みたいな懐かしさがあるかと。
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「不気味なもの」(SF論)
概念的にはカリフォルニア・イデオロギーのように一見技術的に「ピュア」なものと思われる運動が多分に思想的なものであることへの指摘や、人々が「サイバースペース」という言葉に感じていたものの正しい名付け直し(イーガンではなく、ディック)などがみどころ。あと、現在「分人」といっている人たち(ex. 平野啓一郎、チャーリー)を撫で斬りにしているのも面白いです。
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個人的には、東氏のSFに対する現状認識が、僕の参加したSF創作講座での論調よりもずっと辛辣だったことが興味深かったですね。やはり一度限りの生を生きている限り、好き勝手なことはいえないんですね。カフカがいうように、ものを書く人は「土曜日の夜に煤を落とした煙突掃除人」のようにしか評価されないのかもしれません。
「ドストエフスキーの最後の主体」(ドストエフスキー論)
個人的には一番面白かったです。亀山郁夫のドストエフスキー論を下敷きにしながら、「書かれなかった『カラマーゾフの兄弟』」についての思索を巡らせています。イヴァンの「大審問官」みたいな議論も刺激的ですし、最後の「カラマーゾフ万歳?」に感じる違和感(え、終わり?)も説得的に説明されます。本書の隠れたテーマは「二次創作」だと思うのですが、ドストエフスキーの二次創作という、わりと無謀なテーマに真剣に取り組んでいるのが「いいぞ、もっとやれ!」という気持ちにさせてくれます。
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以上、ざっとですが、簡単な感想を終えます。ここ十年ぐらいでは五本の指に入る思想書なので、みなさんも読んでみてください。こうした「ある程度まとまった論考」+「試論」というのは、ちょうどハイデッガーの『存在と時間』みたいな構成で、『存在と時間』を読んだことがある人(何人いるのか知りませんが)はわかると思うのですが、「存在についてはわかったけど、時間は?」という物足りなさがなんとも心地よく、まだ東氏も死なないと思うので、そのうち『ニーチェ』みたいな本を読める日も来るでしょう。
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