Ⅰ プロローグ
太陽はなお熱い、しかし、もうほとんど大地を照らしてはいなかった。巨大なアーチの前に据えられた松明がもはや弱々しい光によってしか輝かないのと同じように、太陽は、大地の松明は、その炎の身体から最後の弱い光を放ちながら、それでもなお木々の緑葉や、しなびた小さな花や、樹齢何百年の松やポプラや樫の木の巨大な梢を見せながら、消えていった。爽やかな風が、いわゆる涼風が、ぼくの足元を流れる小川の煌くせせらぎにも似た音を立てて、木々の葉を揺すっていた。羊歯は風にその緑頭を下げていた。ぼくは眠った、小川の水で喉を潤して。
Ⅱ
ぼくは夢を見た……ぼくは一五〇三年、ランスに生まれていた。
ランスはまだ小さな町で、良く言うならば、小さいけれども、クローヴィス王の戴冠式が行なわれた美しい聖堂のあることで有名な町だった。
ぼくの両親はあまり金持ちではなかったが、とても正直だった。彼らの全財産は一軒の小さな家しかなかったけれど、それは常に彼らの持ち家だったし、ぼくが生まれるより二十年も前に手に入れたのだ、おまけに、数千フランと、母の貯金から出た数ルイを足したものまであった。
ぼくの父は王の軍隊の士官(原註:近衛騎兵隊の大佐)だった。彼は背の高い、痩せた男で、黒い髪と、それと同じ色の口髭、目、肌の色をしていた……彼は、ぼくが生まれた時、ほんの四十八歳か五十歳ぐらいだったのに、みんなは彼を確かに六十歳か……五十八歳だと思っていた。彼は激しく熱っぽい性格で、よく怒り、自分の気に入らないことは我慢しようとしなかった。
ぼくの母はまったく違った。優しく、穏やかな女性で、ちょっとしたことに怯え、それでいながら、家のことを完璧な順序で切り盛りした。彼女はとても穏やかだったので、ぼくの父はまるで小さなお嬢さんを相手にするように彼女を楽しませようとした。ぼくは、そのもっとも愛された存在だった。兄弟達は、ぼくよりも男らしくなかったが、それでも背は大きかった。ぼくは勉強が、つまり、読んだり、書いたり、計算したりを学ぶのがあまり好きじゃなかった……でも、それが家事をしたり、庭を耕したり、買物をするなら、結構、ぼくのお気に入りにだった。
ぼくは憶えている、ある日のこと、もしぼくが割り算を上手にできたら二十スーくれる、と父は約束した。ぼくは始めた、でも、終わらせられなかった。ああ! 何度父と約束したことか……スーを、おもちゃを、お菓子を、五フランだったことだってあった、もしぼくができたら……何かを読んだり……それなのに、父はぼくが十歳になるとすぐ学校に入れた。どうして――ぼくは思った――ギリシャ語を、ラテン語を学ばなけりゃいけないんだ? ぼくはその訳を知らない。結局、誰もそんなもの望んでいないんだ。合格することが、ぼくにとって何になるんだ……合格することで何の役に立つんだ、何にもだ、そうだろ? いや、けれども、合格した時にだけ、人は地位を得るなどと言う。ぼくは、ぼくは地位などいらない。ぼくは年金生活者になるんだ。人がある地位を欲する時でさえ、ラテン語を学ぶのはどうしてだ? 誰もそんな言葉は話していない。時々は新聞の中に見かける。でも、神様ありがとう、ぼくは新聞記者にはならない。どうして歴史や地理を学ばなきゃいけないんだ? みんなは、本当に、パリがフランスにあるということを知りたがってる、でも、緯度が何度かなんて求めていない。歴史を、シナルドンの、ナボポラサルの、ダリウスの、キュロスの、アレクサンドロスの、その他、悪魔じみた名前で目立つ彼らのお仲間の人生を学ぶことは、拷問だろ?
アレクサンドロスが有名だってことが、ぼくにとって何になるんだ? ぼくの何になるんだ……ラテン人が存在していたって、誰か知っているのか? あれはたぶんでっち上げられた言葉なんだ。それに、存在していたとしても、彼らはぼくが年金生活者になる邪魔はしないし、自分たちの言葉は自分たちのために取っておくさ。拷問に放りこまれなきゃならないような悪いことを、ぼくが彼らにしたのか? ギリシャ語はどうだ……あの汚い言葉は誰も話してない、世界中の誰も!
ああ! サペルリポットったらサペルリポペット! サプリスティ! このぼくは年金生活者になるんだ。学校の長椅子に座って半ズボンをすり減らすなんて、いいことないや、サペルリポペットゥイユ!
靴磨きになるためには、靴磨きの地位を手に入れるためには、試験に受からなけりゃならない。あんたらに認められている地位なんてのは、靴磨きや豚飼いや牛飼いになることだからさ。神様ありがとう、ぼくはそんなことを望まない、このぼくは、サペルリプイユ! その代わりにビンタが頂けるのさ。獣呼ばわりもされる、それは嘘だとしても、チビとか、そんな風に呼ばれる。
ああ! サペルプイヨット!
続きは間もなく。
アルチュール。
このテクストは1862年から1865年の間に書かれた。少なくとも、ランボーが十一歳までのことである。諺やデッサンなどが書かれた、雑記帖のようなものの中に書かれていた。
主人公の「ぼく」とは異なり、実際のランボーは成績優秀で、「神童」ともてはやされていた。また、実際の母は厳格な性格で、家族の者に自分の信じるキリスト教道徳を押しつけることがあった。
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