二十年前、僕は二十歳の大学三年生で、ちょうど東大仏文科に進学したばかりだったので、自分の文学的祖先たちがどのように書いたかを調べたことがある。熱心に読んだのは進学前から愛読していた大江健三郎や福永武彦で、辻邦生や澁澤龍彦などのビッグネームも一冊か二冊読んだきり、名前だけを知りながら読まないままの作家もいた。
短編の名手である阿部昭は僕が読まなかった中の一人だ。読んだきっかけは今の妻に出会った頃に勧められたからで、その短編集に収められていたのが「天使が見たもの」だ。貧しい母子家庭の母が突然死したことにより、十歳ほどの男の子が後追い自殺をする、救いのない話である。実際に起きた事件をもとにしたらしい。
無残、としか言いようのないプロットなのだが、文庫本で20ページ程度の語り口の随所に美しさを感じる。親となったいま再読してみたが、とても感じ入るものがあった。人生の度し難さはそれぞれにあって、ありふれた幸福は奇跡のようなバランスの上にかろうじて成り立っているのだ。
こうした掌編と読んでいい長さの佳品を読める場所はいまではあまりない。
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