SF作家かつITコンサルタントの樋口恭介が書いた『AI先生のSF小説教室 クリエイティブVibeライティング入門』を読みました。樋口さんは生成AIで作品を作成してnoteで公開するということをずっとやっていて、ある意味で現時点での「まとめ」のようなものが本書になるのかと思います。
価格¥1,940
順位22,548位
著樋口恭介
発行晶文社
発売日2025 年 9 月 12 日
クリエイティブVibeライティング(本書ではCVWと表記されます)というのは、プログラミング界隈で流行っているVibe Codingを元にしたもので、それを小説のような創作物にも転用しようという試みです。Vibe CodingのVibeとはいわゆる「バイブス上がってる〜?」におけるVibeであり、「ノリ」や「雰囲気」のような意味です。生成AIにプロンプトを投げるとなんとなくコーディングできちゃう、というのが語源です。
本書ではプロンプトの基本から「Vibeボード」「キャラクターシート」などの様々なパーツを紹介していきつつ、ハリウッド脚本術でよくある「三幕構成」や英米の文学理論で取り上げあられる「声&文体」のような理論と組み合わせて短編を作っていきます。実際にどのような短編ができあがるのかは本書を読んでのお楽しみ。
さて、本書を読んでいて、思ったのですが、「自分で書く」VS「生成AIに書かせる」のあいだには無限にグラデーションがあるわけですよね。たとえば、僕もプログラミングや小説執筆や調べ物に生成AIを使っているのですが、次のような使い道があります。
- プログラムのテストコードを生成AIに書いてもらう
 - 既存のフォルダに存在する大量のコードを分類してもらう
 - 小説の世界観や設定にサンプルを用意してもらう
 
一般的な生成AIのプログラム作成においては、ChatGPTのようなチャットUIでダラダラと会話を続けるのではなく、中間生成物をつくるようにします。プログラムのテストなら、「テストスイート」という設定ファイルと一連のテスト実行ファイルができます。また、生成AIが読むためのコンテキスト・ドキュメント(e.g. このプロジェクトがなんであり、どのファイルがどの役割を追うか)を作ることも多いです。小説の世界観なら、本書で紹介されていたような「キャラクターシート」などが該当するでしょう。
そうすると、今後のキモとしては「どのような中間生成物の群れがよい成果物を出すか?」ということに収斂していくと思います。そうすると、だんだん「フレームワーク」が出てきて、クリエイティブな仕事というのは、オーケストレーションつまりオーケストラの指揮者に近づいていくのかな、と思いました。僕は音楽まったく詳しくないのですが、オーケストラの指揮者が楽器について何もしらないということはないはずで、上手い下手はあるでしょうが、なにかしら楽器を演奏できるでしょう。つまり、オーケストレーションをするためにはその技術、つまり小説なら文章を書くこと、士業なら法律に詳しいこと、などが条件となります。じゃないと、いい感じにオーケストレーションできないですからね。
これに関しては2つほど考えることがあります。
まず、その一クリエイターがどうやって生計を立てるのか。これに関しては13年前(!)に書いた「真に恐れるべきは異形のモノ」というエッセーで提起した問題から変わっていないです。というか、いま紹介するにあたって読み直したのですが、ほとんど予言的ですね。バーミヤンの猫型ロボットとか、言い当ててるじゃないですか。我ながらいい文章だと思いました。現状でも、いますぐれた職業人たちはそれぞれの分野で生成AIを使いながら生産性を向上していくでしょうが、では、いま駆け出しの人たちがどうしたらいいのかは解決策が見出されていません。
そして2つ目は生成AIの利用と著作権について。先述の「生計」とも関わるります。アメリカのSF界隈などでは出版契約書の項目に「生成AIを使っていないこと」が存在するらしい、と聞いたのですが、生成AIの大規模言語モデルには学習したコンテンツが含まれていることがその理由だそうです。たとえば生成AIはなぜか『ハリーポッター』を再現できるらしいのですね。で、その生成AIを使って「才能溢れる主人公(男)と人懐こいサポーター(男)と賢い参謀(女)」の物語を作った場合、それは著作権を侵害しているのか? という疑問が出てきます。アイデアに著作権はないんじゃないですか! とか、色々いえそうですよね。そもそも著作権=Copy Rightは「複製権」であって、書店・出版社という印刷をベースにした業界のロビイングによって誕生した権利とも言えます。これは「著作権は出版産業が見た一夜の夢だったりして」で書きました。本書で紹介されていたCVWのようなやり方だと著作権を意図せずして侵害してしまうことはありそうですが、とはいえ現時点でも設定などをパクった作品はやまほど存在しています。そういう意味で財産権としての著作権が揺らいで行くのは確実でしょう。著作者の権利保護・フェアユースのあいだで色んな判決が出るでしょうし、財産権保護のためのソリューションも新しく登場するんじゃないでしょうか。
というわけで、生成AIによるクリエイティブな文章の生成に興味がある方はぜひ本書を読んでみてください。ただ、この本ってどこにマーケットがあるのか、ちょっと不思議ですね。読んだ人、読書会やりましょう。
			