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遠読とは読むに値しない本達への眼差し

高橋文樹 高橋文樹

この投稿は 7年半 前に公開されました。いまではもう無効になった内容を含んでいるかもしれないことをご了承ください。

先日みずす書房のtwitterアカウントを見ていて面白そうだったので、フランコ・モレッティ『遠読』を読んでみました。

本書のタイトル『遠読』は原題が “Distant Reading” であり、これは “Close Reading” つまり「精読」の反対ですね。日本でもだいたいそうだと思いますが、ニュークリティシズムの伝統があるアメリカにおける文学研究とは、特定のテキストに向き合ってじっくり読むことがよしとされています。多くの研究者が専門の作家を持っていて、たとえばシェイクスピアの専門家だとか、ディケンズの専門家だとか、そういう感じです。

しかし、改めて考えてみると不思議なのですが、「なぜディケンズを読まねばならないのか」「なぜディケンズは正典カノンということになっているのか」という観点もあり得るわけです。美人を前にして一生懸命口説くのは生物として自然なことかもしれませんが、「そもそもこの人はなぜ美人とされているのか?」という疑問から何かが生まれるわけですね。

そういえば、以前紹介した『グーテンベルクからグーグルへ』でも、こんなことが書かれていました。

アリストテレスやゲーテやセルバンテスやシェイクスピアといった著作家たちの研究者が、自分がなぜ彼らのテキストに興味を抱いたのかを説明する必要を感じない、それどころかこれらの著作家のファースト・ネームを述べようとすらしないのに対して、マニリウス、ポール・ド・コック、トマス・ラブ・ピーコック、ウィリアム・ギルモア・シムズらの著作の研究者たちは、自分が抱える高度に専門的な問題点を論じる以前に、そもそも彼らが誰なのか、そして彼らの著作に関心を抱く理由は何なのかを説明しなければならない、ということだ。

ピーター・シリンズバーグ『グーテンベルクからグーグルへ』P.30

モレッティはある意味で主流となっている研究手法に喧嘩を売るような形で、「遠読」という概念を提示します。具体的になにをやるかというと、進化論にヒントを得たという「文学の屠場」という論文がわかりやすいのですが……

  • ミステリーというジャンルを築いたコナン・ドイルと同時代の作品を調べる。
  • そのミステリー的な特徴によって樹形図にわける。分類基準は「手がかりの有無」「必要性」「目に見える」「解読可能」の4つ。
  • 正典とそうでないものがどのように分かれるかを調べる。

正典として歴史に選ばれたコナン・ドイルの作品はこれらのミステリー的特徴をすべて兼ね備えているはずですが、実はそうではないということがわかります。なんででしょう? 他にも逆説的な結果が幾つか書かれていて、「へーっ」となります。こういうのは「取るに足らない本たち」を大量に分析して初めてわかることなんですね。

本書はモレッティの20年近くに渡る論文集なので、ヨーロッパ文学の分類や、世界文学についての考察から始まります。それからコナン・ドイルの分析に始まり、だんだん「遠読」の成果が表れ始めます。僕が面白いと思ったのは次の3つ。

プラネット・ハリウッド
ハリウッド映画が海外市場において占める優位性を国別に研究したもの。物語は言語から独立しているのでうまく伝達するが、文化に深く関わるもの(ex. コメディ)はあまり伝達しないなど。
スタイル株式会社
18世紀から19世紀の小説のタイトルの変遷を統計的に調べたもの。18世紀半ばの小説は『不運なる感受性 あるいは、L*****婦人の生涯 彼女自身の筆による センチメンタルな手紙の数々 ヨリック氏に捧げる エリュシオンの地にて』といったほとんど要約みたいなものが多かったのですが、それが市場の成熟とともに圧縮されて、『エマ』といった形にコード化されようになる。
ネットワーク理論、プロット分析
『ハムレット』や『紅楼夢』などの登場人物をベースにモデル化して色々分析をします。まとまった結論に導く論考というよりは、「やってみた」という感じですが、ネットワーク理論を使った分析はいかにも最先端です。
登場人物を二次平面にプロッティングした図。こういうのが随所に出てくる。
登場人物を二次平面にプロッティングした図。こういうのが随所に出てくる。

人文科学に対する世間の厳しい目は相変わらずですが、最近、ピケティのように地理的・時間的に広大な範囲を対象とする研究に面白いものが増えているように感じます。前回紹介した『印刷という革命』でも感じましたが、これはやはりインターネッツの発展が寄与するところ大ですね。プログラミングとか機械学習なんかは所詮ツールなので、人文学にも大いに寄与することでしょう。まあ、文学研究も語学もプログラミングもやらなければいけない研究者は大変でしょうが。

ちなみに、モレッティの「世界文学」観によると、日本文学は西洋文学の伝播した周縁であり、あまり重要視されていません。それより『紅楼夢』などの中国文学に興味がおありの様子。これも何がしかの世相を反映していますね……。

遠読――〈世界文学システム〉への挑戦

価格N/A

順位809,698位

フランコ・モレッティ

翻訳秋草 俊一郎, 今井 亮一, 落合 一樹, ほか

発行みすず書房

発売日2016 年 6 月 11 日

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