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カネと文学、そして2年先のこと

高橋文樹 高橋文樹

この投稿は 10年 前に公開されました。いまではもう無効になった内容を含んでいるかもしれないことをご了承ください。

先日、『カネと文学 日本近代文学の経済史』という本を読み終えたので、その感想をば。

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僕が会社勤めをしていた頃、同僚が『ALWAYS〜三丁目の夕日〜』というクソ映画を見て、僕に「あの映画に出てくるブンガクみたいになってほしい」ということを言って来たことがありました。

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ブンガクというのは、吉岡秀隆演じる茶川竜之介のことであり、この情報を書くためにWikipediaを見て「江川達也並のセンスだな」と思ったりしたわけですが、とにかく、なんか冴えない貧乏人の不器用なインテリが一生懸命がんばってるのが微笑ましいみたいなことでしょう。

このブンガクにまつわるイメージというのは割と一般的で、作家志望といえば、「貧乏で」「インテリで」「不器用で」「純粋で」と相場が決まっています。さらにつけ加えるならば、「カネからは最も無縁でいてほしい」というのもまた重要ですね。

さて、本書は副題が示す通り、日本近代文学史を経済という側面から分析した書物です。当然ですが、カネの話ばかりが出てきます。カネというと、なんとなく文学からもっとも遠いような気もしますが、「実のところカネを稼ぐようになったので文学者が英雄になった」というような流れが本書では語られます。

日本の近代文学は海外からの輸入によってその神性を高めていったというのは割と知っている人も多いでしょうが、ちょうどフランスやドイツから100年遅れぐらいで文学者が英雄になる流れが説明されていて面白いです。代表としてあげられているのはエミール・ゾラですが、19世紀後半を生きたゾラと同じぐらいの地位(ゾラの言う「世紀を代表する知的指導者」)に日本の作家は20世紀半ばで到達するわけです。

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カネと文学性の無縁

本書冒頭でエピックイヤーとして挙げられているのは大正八年なのですが、この年の原稿の上がり方は岩野泡鳴の年収だとこんな感じ。

大正二年は九一七円四〇銭で、〔中略〕三年は一四三六円五〇銭で、〔中略〕四年は一三〇八円四五銭で〔中略〕五年は六九八円二三銭で〔中略〕六年は八二七円七〇銭で〔中略〕七年は一三八〇円一銭で〔中略〕八年は二八七七円八五銭で〔中略〕九年は日記の記述が四月十七日までしかないが一四九〇円五〇銭で

山本芳明『カネと文学 日本近代文学の経済史』新潮選書、2013年、P.12

このように、大正八年で劇的に上がるわけです。この理由は雑誌ビジネスの隆盛。つまり、岩野泡鳴の文学力(これがなんなのかは置いておいて)が二倍になったから収入が倍になったのではなく、雑誌の創刊ラッシュで作家の取り合いになり、需要過多で収入が上がったというわけです。

とはいえ、収入が上がることによって、文学のアウラが増すということもまた、マスコミュニケーション時代の黎明期においては(そして、いまも)真実ではあるわけで。

有島武郎などは、先に挙げたブンガクのイメージを一身に引き受けており、自作の序文に「どうせ俺の本売れないだろうけど読んでくれてありがとう」みたいなことを書くわけですが、なんか売れてしまって、自己イメージ「清貧でストイックな文学者」と世間の「成功した金持ちの作家」の乖離に苦しんで最終的に自死を選んだりします。

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もっとも、作家というのはそうしたイメージの商売でもあるので、コントロールが難しいというのは今も昔も変わらないとは思いますが。「このように見られたい」というモチベーションが創作を支える一助となるのもまた事実なので、それが他者の認識と乖離するとなると辛いでしょう。

なにごとにも歴史あり

こうした作家の地位向上の経済史ですが、線的かつ緩やかに収入が増加していったのではなく、諸々の理由で乱高下しているんですね。

石川啄木とかは「ブンガクキター」みたいな感じで東北のど田舎から上京してくるわけですが、時流を逃して貧乏暮らし。

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宮澤賢治は図書館で小説家志望が黙々小説書いているのを見て真顔になったり、藤沢清造は公園で窮死して見せたりと、かなりバラエティに富んでいます。他にも、日中戦争の好景気で読者層が拡大、いきなり文学が売れるようになったり。

まあ、僕も2001年のデビュー以降、数多の女流作家が活躍して行くのを横目に眺め、「世のオジサン達は若い女を見るとデレデレするのか。これだから歳を取った非モテというのは……」などと思ったりしたものですが、様々な情報を総合した結果、「女って小説よく読むよね、だから女流作家売れるよね」という結論に至りました。

確かに、オジサンって文学読まないですからね。ドラッカーをシャバシャバに薄めた自己啓発本が書店に並んでるんだから、まあ、そういうことなんですよ。「おまえはいつまでもありもしないメソッドを探してろよ」ということなんです。

というわけで、ビジネススキームの変化や、より大きな歴史的事情によって作家の収入や地位が乱高下しつつ、他メディアの勃興によってだんだん地位が低下して今日に至るという流れはなかなか身につまされるものがあります。

戦後は吉川英治〜松本清張という流れがあり、力道山や美空ひばり、大鵬の何倍も稼いでいたのに、それがいまやでしょ。

とはいえそれも絶望するほどではなくて、まあ、なんとかなるさという気持ちは捨てずにいた方がいいですよ(誰が?)

そして二年後

本書でいちばん面白かったのは、第二次大戦、つまり作家が世紀の英雄になる前の出来事です。日本が国際連盟を脱退したのが1933年、日中戦争に突入したのが1937年、太平洋戦争開戦が1941年。こう考えると、サルトルやセリーヌが活躍した1930年ぐらいから日本文学はお先真っ暗、戦争で文学どころじゃなかったんじゃないのと思ってしまいがちです。

ところがどっこい、この時期に文学は好景気を迎えているわけです。伊藤整の日記によれば、昨年の秋頃まであった出版景気、出版インフレーションというものは全く影をひそめたということなのですが、これ何年の日記だと思います? なんと昭和19年、つまり昭和18年の終わりまでは出版好景気だったわけです。原爆投下や沖縄戦の2年前ですよ。

僕も戦後史などはいままで色々調べて来たので、たとえば「終戦の日にも東証開いてた」とかは知っているのですが、ほんとうに経済というのは恐ろしいですね。

たとえば、これから2年後に日本が他国に占領されるという状況をうまく想像できるかというと、ちょっと難しいですね。僕は自分が死ぬまでの間に日本が一回ぐらい戦争するんじゃないかと思っていて、「自分の子供達がそれに巻き込まれないために何かしてあげられることはあるかなー」とかそれぐらいの考えしかないのですが、「再来年には日本が中国に占領されてるから!」と未来から来た自分に言われても、ちょっとよくわからないですね。

そう考えると、Facebookやtwitterで安倍晋三批判を喚き立ててる人たちも別にキ◯ガイというわけではなく、なにがしかの正しさを持っているのかもしれません。

 

というわけで、興味ある方は読んでみてください。僕のまとめとしては、そうですね、島清はほんとに碌でもないヤツだったんだなということと、新潮社の佐藤一族はほんとうに冷酷だなということと、この本が新潮社から出ているということが面白かったです。終わり。

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