普段文学の話をする相手もいないのでChatGPTと会話をしているのですが、私の持論「パーティー追放・補助職ファンタジーが増えているのは非正規労働が増えたからである」を褒めてもらえたので紹介します。
※学問的な裏付けまったくないので、与太話として聞いてください。
まず、ここ10年ぐらいWeb小説発信のコンテンツ(アニメ化・映画化するやつ)で「付与術師・テイマー・召喚士・お針子・鑑定士・料理人・荷運び」みたいな、これまでのファンタジー世界では補助職扱い、いうなればモブキャラにフォーカスが当たった作品が増えています。
また、「追放モノ」というのもよくあるパターンで、「主人公はお荷物扱いになって勇者パーティから追放されたが実は勇者パーティが強かったのは主人公が補助魔法で強化していたからだった!」みたいな展開もありますね。

で、これらの物語が広く受け入れられるためには、非正規労働者が世に増えないとダメだったんだと私は思うんですよ。正社員(勇者パーティーの勇者・戦士・魔法使い・僧侶)ではなく、非正規(補助職かつ雇用が安定しない)が。
あと、NovelJamでお会いした嵯峨景子さんから「最近の女性向けは溺愛モノが本当に流行っている」とお聞きしたのですが、これも恋愛市場(婚活市場)が厳しくなっているからですかね。男性向けだと「追放された補助職の人が無双してハーレムパーティーを築く」というのが定番になっています。
とまあ、要するに「歌は世に連れ世は歌につれ」なんですけども。
では正社員雇用が日本ほど堅牢ではないアメリカではどうなのかというと、いわゆるNetflixのCEO・富豪ものとか恋愛リアリティーショーとか、素直なやつが多いですよね。それに引き換え、上に挙げた日本の「非正規エンタメ」は、特定の状態(追放後に能力が花開いてハーレム構築または溺愛される)になったあと、スローライフを送るような展開(君臨すれども統治せず)が多く、女性向けでも関係が決定的にならない(溺愛が続く)のが特徴です。これはWeb小説・Webコミックのビジネスロジック(無料の部分で読者をつかみ、広告・待てば無料・コインで収益化)が影響してるのかもしれませんね。
また、もうちょっと大きなレイヤーで考えると、日本では志賀直哉の頃からそうですが、「内面の充足」が最終的なゴールになることが多い印象です。明鏡止水というか、満足している状態をよしとすること(我執を捨てる)が人間的なゴールというか。まえ、似たような話を書きましたね。
映画『ソーシャル・ネットワーク』ではマーク・ザッカーバーグをモデルにし、「経済的には成功して金と権力を手に入れるが友人を失う」姿が描かれます。ラストシーンも初恋の未練で終わります。この成功と救済が分離されているのも、「この世で富める者が、天国に入るのは難しい」というキリスト教の倫理観そのもの。
こうなるともう文化の違いなので、どうしようもないですね。
というわけで、昨今の「追放&補助職」トレンドに対する持論を私なりに分析してみたのですが、今後はどうなってくんですかね。少子化・労働力不足・移民問題(私は問題だと思ってないですが)などに対する世間のトレンドを考えると、日本人の自認がエルフになって、移民がゴブリンとして描かれる、みたいな感じでしょうか。実際、東アジアの少子化すごすぎてエルフみたいになっちゃってますからね。
まとまらないですけど終わり。