どういう経緯でこの本を知ったのか忘れたのですが、『ヒトは〈家畜化〉して進化した 私たちはなぜ寛容で残酷な生き物になったのか』を読みました。他の動物にも一般化して見ることのできる「家畜化」の特徴が人間にも同様に現れており、これがどうやら人類の進化に深く関わっていそうだ、というのが本論の趣旨です。
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なぜ読もうと思ったかというと、「自己家畜化」に興味があったからですね。もともとは森岡正博『無痛文明論』で知った「自己家畜化」という概念ですが、それが帯に書いてあったんですよ。
「自己家畜化仮説が明かす、人間の進化と繁栄、そしてその代償とは?
本書帯文より
ただ本書の原題は”Survival of the Friendliest – Understanding Our Origins and Rediscovering Our Common Humanity”なので、直訳すると『一番親しみやすい者が生き残った〜我々の起源を理解し、一般的な人間性を再発見する」であり、自己家畜化(self-domestication)という言葉はタイトルに入っていないですね。マーケティング的に入れたのでしょうか。
本書の中では家畜になった動物(犬・豚・牛・羊)に現れる形質的な特徴がまず紹介されます。この「家畜になるとどの動物もみんな似たような感じの変化を起こす」というのが面白いですよね。以下がその特徴です。
- 従順な性質
- 脳の小型化
- 繁殖周期が短くなって子供を生みやすい
- ネオテニー(子供のような外見を保つ)
- 尻尾がくるっと丸くなる
- 色素脱失
- 垂れ耳
- 耳の縮小・垂れ耳
- 口吻(鼻面)が短くなる
- 歯(牙)の小型化
これは人間にも見られる特徴だというのは、よくわかりますね。人間は猿の幼体(ネオテニー)のまま大きくなったという説を聞いたことがある方もいるでしょう。
その他、犬=狼やボノボ=チンパンジーの比較などを交え、人間(ホモ・サピエンス)だけが生き残れた理由とその特質に焦点が移っていきます。すでに絶滅した人類(ネアンデルタール人)は人間よりも大きな脳を持っていたと言われていますが、人間は社交性という点について圧倒的な優位を持っていたようです。これが本書のキモである”the Friendliest”(一番親しみやすい奴)ですね。つまり、人間は仲良くしようとするので淘汰圧(氷河期)を生き残ることができた、と。
自分を「コミュ障」だと自称する人は大変多いですが、たとえばチンパンジーと比べた時、人間は「はじめて会う仲間」に対する信頼感が強い。よって、協力行動をとりやすく、強力な淘汰圧があっても生き残り、それゆえにその性質が強化された。この性質はオキシトシンの分泌(母親が子供を産むと出る物質)の多さが支えているようで、前述した家畜化の兆候は神経堤細胞の変化に影響を受けた結果というのも面白いですね。
ここまで読むと「家畜にみられる特徴は生存に役立ったんだな!」と考えてしまいがちですが、もちろん悪い側面も紹介されます。
人間は非常に協力的な行動をとる生き物ですが、同時に敵と認めた集団に対してはとんでもなく残酷に振る舞うこともできます。ホロコーストのような虐殺は人類史に暗い記憶として残っていますが、これもまた人の性でもあるわけです。オルト右翼の台頭はアメリカに限った話ではなく、世界中で起きている現象であって、その対立や言説も「非人間化」という一つの攻撃手法として一般的なもののようです。
とまあ、こうした感じで本書の議論は進んでいくのですが、僕としては「自己家畜化」への言及が予想していたより少なかったような気がしました。「家畜化」というのが形質的な変化でしかないのであれば、そこに哲学的・思想的な意味づけは少ないのでは?
たとえばビーガンは様々な論点から肉食を忌避していますが、それが倫理的な観点からなされている場合、「自ら家畜的な性質を備えた人類が家畜を可哀想だと思っている」というやや倒錯した状態なのかなと思ってしまいました。
そんなわけで、「自由意志とは?」という疑問に答えは出ないのですが、面白い本なので興味のある方はご一読を。