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スリラーメタフィクション『二流小説家』

高橋文樹 高橋文樹

この投稿は 6年半 前に公開されました。いまではもう無効になった内容を含んでいるかもしれないことをご了承ください。

ここ二年ぐらい、多ジャンルへのコンバートをテーマに掲げている僕ですが、SFである一定の成果を残しつつも、ミステリー・サスペンス業界にも進出しようと考えています。ちょうど僕の妻がミステリー・サスペンス愛好家で、僕よりもたくさん読んでいるため、最近はおすすめをピックアップしてもらっています。いくつか読んだ中で、デイヴィッド・ゴードン『二流小説家』が特に面白かったので、その感想を書きます。このミス海外部門とかに選ばれているので、わりと知っている人も多いと思います。

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あらすじ

売れない小説家ハリーのもとに連続殺人鬼ダリアン・クレイから一通の手紙が届く。それは、彼のような連続殺人鬼のもとに届くファンレターの差出人を題材にしてポルノ小説を書いて欲しいというもの。その依頼に興味を持ったハリーは執筆を引き受け、差出人である女性たちに会いに行くのだが、その女性たちが残酷な手段で殺害される。ハリーは容疑をかけられたうえに何者かに命を狙われることになり……

といった感じの話になっています。

感想

ポイントはこの作品自体がメタフィクションの形式をとっていること。こういっちゃ失礼かもしれませんが、こういったスリラーものでメタフィクションという文学的技巧を凝らした作品は少ないですね。原題も”Tghe Serialist”ということで、たぶん連続殺人鬼シリアル・キラー続き物を書く作家シリアリストをかけたタイトルになっていて、そういう連載物の二流諸説を書くエンタメ作家をかけてます。もちろん、ここでいう二流というのは、高尚な文学ではなく、商売としての文学という意味ですがね。

こうした工夫は随所に凝らされていて、たとえばこの作品の語り手ハリーは、この小説自体が現実との符号を持たないで済むよう、固有名詞をあえて変えているという宣言を行ったりします。これはよくあるメタフィクション的構造ですが、まさに小説家である探偵がその性質によって真犯人に気づくという粋な展開もあったりします。

その他、最近のスリラーものに欠かせない要素が結構ちりばめられています。

  • ハリーは金がないので家庭教師のバイトをしているのですが、そのバイト先のこまっしゃくれた小娘がいい味を出しています。「しがないおじさんに恋心を寄せる賢く美しい少女」というのはこのジャンルの定番ですね。
  • ヒロイン候補はいくつかいて、そのどれとも恋が実らない(しかも一番いい女は死ぬ)のがハードボイルドの定番ですが、最初の連続殺人の被害者の妹であるダニエラもお色気&容疑者を担当していて物語の終盤までひっぱっていってくれました。
  • ハリーは女装して吸血鬼小説を書いているのですが、そのファンである法律事務所の助手テレサも魅力的なヒロインの一人。物語上、別にいてもいなくてもいいですが、賑やかしとして大体3番手ぐらいにサブカル女子を配置するのは万国共通なんですかね。謎めいた美少女がメインヒロインで、2番手がお色気担当、3番手にサブカル、みたいな。人生と一緒ですね。
  • 殺し方がめちゃくちゃ残酷というのもここ20年ぐらいのトレンドですよね。体が細切れにされているか、メンタルにくるやり方で殺されているかのどちらかですね。
  • 主人公がダメなおじさん。これが最近のスリラーの特徴ではないでしょうか。なんでしょう、中年、アル中、バツイチあたりが定番でしょうか。

とまあ、僕が読んで関心したのは、こうしたスリラーものに欠かせない要素をまんべんなく配置しながら、最後まで面白く読めて、文学性も高いという僕の目指すべき方向性と合致していたからです。作者がどんな人かはよく知らないのですが、わりと教養もあるようで、会話文なんかも洒落てます。たとえば、女子高生クレアと、その家庭教師を務めるハリーの会話。

「それに、正直に打ち明けるとこのレポートをお金で買う方法はほかにも見つけてあるの。インターネットを介して。あなたに払うのよりはずっと安い値段で。でも、できることなら、取引は面と向かってするほうがいい。それに、あなたはなんだか……そう、悲しげSADに見える」

季節性情動障害SADに?」

「いいえ、一般的なほうの意味よ。それに、いい意味で悲しげだと言ったの。気を悪くしないでね」

「ぼくが悲しそうって、どうしてそんなことがわかるんだい」

「約束の時間より早くうちに来て、寒さに震えながら、きっかり五時になるのを表で待っていた様子から」

「なかから見てたのか?」

「サンルームからね。あなた、迷子の子犬みたいな顔をして、何度も窓を見あげてた。見捨てられたみたいな目をして」

「やれやれ、そういうことか」

この会話ははじめて家庭教師先を訪問したハリーを、自宅のサンルームで日焼けをしていた紐ビキニ姿のクレアが迎え入れたあとにはじまります。「ラノベか?」みたいな展開も盛り込みつつ、ギリギリの線で一般読者を遠ざけない工夫が見事でした。

ミステリーとスリラーの違い

さて、夫婦で読書をしていると、同じ本を読んで感想を言い合うということができるのですが、最近ジャンル警察と化している僕と、普通に楽しみとして読書している妻の認識の違いが今回あらわになりました。

そもそもミステリーとスリラーに明確な違いがあるかというと、純文学と大衆文学みたいなもので、それぞれにクロスオーバーしている状態が普通なのですが、わりと決定的な要素として、「ルールの呈示」と「ピンチ」が両者をわけているような気がしています。これは舞台設定や主人公が警察官か探偵かということではないというのが僕の個人的な意見です。

ミステリーは「謎」が重要なジャンルとされていますが、その謎がなんであれ、ミステリーの方が「謎を解くヒントが事前に提示されていたか」ということにうるさい気がします。結果、ルールを冒頭で明示することが多いですね。ルールというのは、たとえば密室物に顕著なように、「絶海の孤島で外部との連絡手段がない」とかそんなことです。本格ミステリーだとそこらへんをきっちりやりますが、あんまり説明が多すぎると、僕みたいな物語重視人間は「うるせえなあ」と思ってしまったりします。『二流小説家』では、このミステリー的要素はそれほど重視されておらず、伏線回収は見事ですが、「そういえばあのときのあれがそうだったのか! やられた!」的な感想はなかったですね。

一方、「このミステリーがすごい!!」といわれる作品でも、謎自体の強度(という言い方が一般的かどうかはさておき)は強くても、このルールがあまり重視されていない作品は多いです。ではなぜそうした作品が面白いのかというと、主人公がピンチになるからですね。『二流小説家』もその例に漏れず、中盤ぐらいで主人公がいったん襲われます。ミステリーはそいうことはあまりなく、だいたい安全です。シャーロック・ホームズもいったん死にますが、それはシリーズ全体での話で、基本的には安全です。

ジャンル警察の僕としては、一般的に言われる「ミステリー」の面白さというのは、どちらかというと「スリラー」部分によっているのであり、「謎」の部分をこじらせすぎると一部の好事家しか受け入れられない作品になるなあという気がしています。僕自身、純文学をたくさん読んで来たので、なんらかのジャンルに特化した作品があってもいいとは思っていますが、それだと業界がシュリンクするので意識していきたいところですね。

まあ、僕が言っていることは、10年以上前に松浦寿輝とか奥泉光とかがミステリーよりになっていった頃の議論と同じことであって、特定の2ジャンルを分類してみているというだけのことなのですが。

ひるがって、『二流小説家』はけっこう前の小説なのですが、海外文学好きにも受け入れられる作品だと思うので、ぜひご一読あれ。ちなみに、文庫版の表紙が死ぬほどダサいので、手に入るならポケミス版をお勧めします。

 

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