ここ数年、不定期で #chuanon というtwitterスペースをやっていて、「中年期になって自分が陰謀論にハマらないために話し合う」のを目的にしています。で、その課題図書を読み終えたのでご報告です。
Amazon.co.jp: 陰謀論からの救出法 大切な人が「ウサギ穴」にはまったら : ミック・ウェスト, ナカイサヤカ: 本
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この本は書名の通り、陰謀論からの脱出法をズバリ解説していて、実例も紹介しています。まず、ウサギ穴というのは、『不思議の国のアリス』に由来していて、「入り組んだりしていて非常に抜け出るのがめんどくさい事象」という意味。陰謀論者とはこのウサギ穴にはまってしまった人であり、丁寧にデバンキング(偽情報を暴く)していく必要があるようです。著者のニック・ウェストさん自身は趣味でデバンキングしており、metabunk.org というサイトを運営しています。
『陰謀論からの救出法』で紹介されている陰謀論
著者は陰謀論を「陰謀論レベル」に分類しています。こんな感じ。

ポイントとしては「陰謀論というのはある」ということですね。陰謀論とはそもそも次のようなものです。
ある出来事について,一般に理解されている事実や背景とは別に,何らかの謀略が存在することを主張する意見。陰謀説。(大辞林)
あとでバレた陰謀論といえば、たとえば日本の薬害エイズ事件ですね。あれは「製薬会社が悪いことを知りながら隠していた」という事件なので、判明するまでは陰謀論扱いだったわけです。他にも日本の731部隊による人体実験&細菌戦とか、公的機関がこっそりやっていた悪いことというのはわりとあります。そういう意味で、陰謀論にもトンデモとそうじゃないのがあるのです。トップレベルのトンデモが地球平面説とトカゲ人間(レプティリアン)です。
本書のアメリカ初版が2018年で、これが非常にもったいないのですが、Qanonの国会議事堂襲撃事件や反ワクチンなどの前なのですよね。なので、増補はされていますが、やや実例に乏しい印象です。
主に紹介されている陰謀論は次のとおり。
- ケムトレイル(飛行機雲の中には消えないものがあり、それがなんらかの気象兵器などではないか)
- 911制御爆破解体(911でワールドトレードセンタービルが崩壊したのは意図的に爆弾をしかけて制御解体されたから)
- 偽旗作戦(いくつかの銃撃事件はわざと起こしたものあるいは存在しない。例・サンディフック小学校銃撃事件は実際に起きていないという主張)
- 平面地球(地球は平らである。Netflixにドキュメンタリーあったんですが、いま見られないですね)
上記はどれも「その陰謀論から抜け出した人」の実例が紹介されています。で、増補後に追加された、実例があまりない陰謀論が以下です。
- 選挙不正(投票用紙が盗まれた、的なもの。選挙に負けた方がいいがち)
- Qアノン
- コロナウィルス
- UFO(陰謀論レベル1-10まであり、著者は無害な陰謀論だと考えていたが、そうではないと思うようにになった)
陰謀論からどうやって抜け出すのか?
著者のアプローチは非常に丁寧で、あくまで科学的な根拠に基づいて根気強く説得していく、という手法が取られています。陰謀論を信じる人にとってはいきなり反論されると「攻撃された」と態度が頑なになっていくことが多いので、根気良く相手の話を聞くことから始めます。
陰謀論者が陰謀論にハマる時、コミュニティとセットになっていることが多く、陰謀論反対者と口論になって疎遠になってしまうと、陰謀論コミュニティにより閉じこもってしまいますよね。これは新興宗教が路上で勧誘活動をさせて「外部の人間は冷たい」と思い込ませる手法に状況が似ています。なので、あくまで根気強く、科学的に間違いを指摘していくのだとか。ちなみに、論理的な思考力が弱い人、つまり頭の悪い人にはこの手法が効果を発揮しづらいそうです。これは高齢になって認知能力が低下した人も同様でしょう。
ウサギ穴から抜け出した人(=陰謀論から脱出した人)の中には、科学的な説明を受けてあっさり抜ける人もいれば、徐々に抜け出して別の陰謀論に傾倒する人など、さまざまでした。
たとえばケムトレイルを例にあげてみましょう。これは「飛行機雲のうち10分以上消えない飛行機雲があり、それは気象兵器や化学物質散布などなんらかの実験の産物だ」という陰謀論ですが、著者は次のようにいくつかの反証をあげています。
- 飛行機雲は2種類あり、排気航跡雲と空力航跡雲がある。後者が長く残る雲だという科学的な説明は可能。
- ケムトレイル陰謀論は1997年から広まったが、長く残る飛行機雲のことは100年前から文献に残っている。
- そもそもケムトレイルと関係なく人工降雨の実験は実際に行われており、それを政府は隠していない。
陰謀論者側はたとえば「ケムトレイル飛行機の内部写真が証拠としてある」など別の論証を試みますが、それにもまた「その内部写真はケムトレイル以外のXという用途の航空機の開発中写真である」などの反証を行っています。
と、このように色々反証を積み重ねる必要があり、著者は次のように書いています。
ケムトレイル陰謀論を効果的にデバンクするうえで空気力学の知識がどれほど重要かは、いかに強調しても強調しすぎることはない。(P.125)
陰謀論から抜け出させるべきか?
さて、本書全体を読んだ私の感想としてはまず「家族や親しい人が陰謀論にはまったら情報収集してデバンクするが、それほどでもない仲だったらほっとくな」という結論でした。いくらなんでもコストがかかりすぎる。
その一方で、陰謀論には無害なもの(地球平面説)と有害なもの(反ワクチン)があります。前者は本人が困るだけですが、後者は公衆衛生の敵ですからね。また、陰謀論自体の多くが「公的に発表された情報は信用ならない」という懐疑主義とセットになっていることが多いので、これもまた長期的には別の陰謀論に接続される可能性が高そうです。ゲートウェイ・ドラッグのようなものでしょうか。「オールドメディアがー!」とか周りの人が言い出したら注意が必要かもしれません。
そういう意味で、「趣味でデバンク」している著者のような人はなかば公共財産のようなものであり、大切にしないといけないですね。もしtwitterのタイムラインで陰謀論に反論したために周りから責められている人を見つけたら、応援してあげようと思いました。
それはそうと、現代の陰謀論的な言説は公共の場に侵食していて、大切な人かどうかはともかく、これだけ陰謀論的言説が大きくなってしまうと不安を覚えます。どう考えても陰謀論にハマるにはそれなりの理由(孤独・不満)が必要な気がしているので、情報のエコシステムとか、もっと大きな視点から心配した方がいいのかもしれないですね。
まとまらないですが終わり。