本の他に何がこのような効果を生み出せるだろう？　映画ではないし、音楽はもっと違う。音楽は健康な人に向いている。だが、哲学もふさわしくないし、詩も死にかけている人には向いていない。何が何でも物語作品が必要である。自分以外の誰かの人生が語られていなければならない。じつのところ、それらの他の人生は魅力的である必要さえなく、アーサー・コナン・ドイルのようなたぐいまれな想像力やストーリーテラーの才能も求められていないと、彼は思った。語られる人生が、彼の人生と同じくらい、陰鬱でつまらないものであっても、不都合はない。それが他の人生でありさえすればいいのだ。その一方で、もっと謎めいた理由により、その人生は創作されたものでなければならない。伝記や自伝はダメだった。

『滅ぼす』 ミシェル・ウエルベック